2008年2月19日

ささいな、しかし誠実な行動 - 「信頼の連鎖」(2)

「信頼の連鎖」構造 序章

 上のエントリーで「信頼の連鎖」構造はあらゆる人間関係に応用が効くと書いた。「人のつながり」によって成り立ったメガピを何とか無事に終えることができたのも、この信頼の連鎖が起こっていたからだと思う。

 この構造が生まれるまでには3つのステップがある。それは順に、1個人的な信頼を積み重ねる、2信頼を周囲と結びつけながら構造化させる、3構造化された信頼をより広い他者へと伝えていく、という流れだ。

 今日は1の「個人的な信頼を積み重ねる」という場面だけを書いてみる。

 「信頼の連鎖」はごく何でもない個人レベルの信頼から起こる。そして個人レベルの信頼は、日々のささいな行動の積み重ねの結果、生まれるものだ。だから信頼を生むためにはできるだけ他者に誠実である方がいい。

 たとえば遅刻を繰り返したり、メールや電話をなかなか返さなかったり、人の名前を忘れたり、そうした事柄はそのまま信頼を減らすことへつながる(ぜんぶ僕のことだ)。小さなことに思えるけれど、大きな誠実さは、常にささいな行動から生まれてくる。

 日常的に誠実でない人が「やる時はやる」という考えを持っていることがある。僕が昔そうだった。やる時はやるんだから小さなことで文句言うな、と。でもこれは信頼という点で「やる時もやる」人に決して及ばない。そして組織や集団において大きな「やる時」が訪れるのは信頼を積み上げた人だ。

 僕は他者の「肩書き」を大切にする。誰かを紹介する時は意図的に口にするようにもしている。それは偉そうに感じる肩書きそれ自体に価値をおいているのではなくて(大学生活での肩書きなんてたいした価値はない)、その肩書きに多くの人の信頼が込められていると思っているからだ。

 肩書きを持つ人がまぶしく見えるのは、そこに象徴された信頼がその人を輝かせるのだと思う。それはその人のささいな、しかし誠実な行動の積み重ねの結果生まれた信頼だ。そこには小さな、でもたくさんの素敵な物語がひそんでいる。だから、尊いんだ。

 ささいな、しかし誠実な行動。それが一度失われるとなかなか取り戻せない「信頼」を積み重ねるための地道な道のりだ。とはいえ人間の時間と精神力には限りがあって「誠実」という道を完璧に歩むことは難しい。しかしだからこそ、できるだけ誠実であろうとする姿が信頼の源泉となるのだと思う。

 それが「個人的な信頼を積み重ねる」ことの根本であり、そうして信頼を蓄積してはじめて2の「信頼を周囲と結びつけながら構造化させる」ことができると思う。(つづく)

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 知っている人は気がついたと思うけれど、この「個人レベルでの信頼の形成」は原さんに教わったことがベースにある。原さんの用語で言えば「特定個人固有信用=Idiosyncrasy Credit」とか「信頼残高=Emotional Bank Account(Covey『7つの習慣』にも載ってる)」といったものだ。

 気がつかなかった人へ。今年61歳になる原さんとは早稲田祭2005において「早稲田で一番面白い授業」に選ばれた「自己表現論」で出会い、そこからの縁でメガピの立ち上げから当日に至るまで力を貸していただいた。「誠実」を語るのはたやすいが、実行するのは難しい。原さんには(僕のように)言葉じゃなくて、行動で示すことの重みを学ばせてもらってる。

 僕は今年も授業にもぐるので(水3、7-205)よかったら受けましょう。授業の後は午後3時のビールが待ってるよ。


【フォト】 昨夜の平山ビル。珍しく住人6人が全員集合。昨日は13時からQUNEでハイネケンを飲み、18時から事務所で杏露酒を飲み、21時からうるとらで生ビールを飲み、23時から平山でプレミアムを飲み(大志&コテツ祝勝会)、そして26時から事務所でワインを飲む。ジョンに言われるまでもなく、酒びたりの1日だった。。。

1 Comment:

コテツ さんのコメント...

いやぁ、自慢の女☆