2008年5月26日

手に入れるために捨てるもの

 何かを手に入れるためには、何かを捨てなくてはならない。哀しいけれど、揺るぎない事実だとあらためて感じる。

 僕らが持つ唯一の財産、時間。1日24時間。この限られた財産を何に賭けるか。それが自分自身を生きる、ということのはじまりだと思う。大切なのは、そのことに自覚的になるか否か。

 二つ前のエントリーで24時間のスタイルを書いたのも、それを前提にしてのことだ。学生時代、僕は必死で駆け抜けてきたけれど、振り返れば無駄な時間が多かった。そうした「無駄」がもたらしてくれたものもたくさんあるれど、もうその時期は過ぎたのだと思う。

 最近少しずつ捨てるものを増やしてる。誘われる舞台やイベントには、原則として行かないことに決めた。夜を徹しての麻雀にも、もう行かない。酒を飲んで盛り上がっても25時には帰る。

 部屋に散らばるものですら「捨てられない病」の僕にとって、人との縁が生まれる可能性を捨て去るのは容易いことじゃない。でも、そこで逃げてちゃ先には進めない。2007年の4月からの一年間で僕はそれを強く実感した。もう時効だろうから、久しぶりにそのことに触れてみる。

 それに先立つ年の暮れ、付き合っていた女性がいた。あと数ヶ月で彼女は社会人になり、僕は5年生になることが決まっていた。僕は今と変わらず夢を追っていた。ただ今と違うのは、その夢が非現実的だった、ということ。現実を生きる彼女に対して、僕の生きる姿勢は地に足がついていなかった。

 僕は小説家になるべく文章を書いていた。けれど、誰のために、何のために書くのか分かっていなかった。スクリーンに現れる文章は、宙をさまよい消えていく煙のようだった。何も生みだせないまま、時だけが過ぎていった。

 どちらが別れを切り出すかはタイミングの問題だったのだと思う。食うことには困らず、友人もたくさんいて、家族ともうまくいっていて、愛する人もいた。でも、僕には決定的に危機感が足りてなかった。だから僕の文章は上滑りをしていた。それは自分でも分かっていた。僕は、幸せ過ぎて文章が書けない、という勝手な理由をつけて彼女の家を飛び出した。

 単純に甘えてるだけだった。逃げてるだけだった。取り返しのつかない状況になってから僕は後悔した。激しく。

 それから数ヶ月が経ち、卒業式の頃に彼女と再会した。彼女と交わした言葉は少なかったけれど、卒業文集のために交換したメッセージカードには見慣れた字で「勝負してね」と書いてあった。その紙は僕にとって、それからの一年を過ごす上で、戦地へ赴いた兵士のお守りのようなものになった。

 僕は決めた。自分のやったことを、後悔しないように、そして後悔させないように生きていこう、と。そう覚悟してから、僕の生きるスピードは上がっていった。

 1年間、全力で加速し続けた。無理しすぎてパンクしかけたこともあった。そのたびに「勝負してね」という言葉を思い返してきた。

 今なら胸を張って言える。勝負し続けてきた、と。

 たくさんの人の力が集まってMEGA PEACEをやることができた。今は3人の仲間と共に「道塾」を続けていくことができている。失うものもあったけれど、その分だけ得たものがある。失った時に生まれた哀しみの分だけ、手に入れた時に流せる涙がある。

 何も得ようとしないのであれば、何も捨てる必要はないのだろう。哀しみの涙を流すこともないのだろう。でも、僕はそうした生を送りたいとは思わない。何かを手に入れることの素晴らしさを知った今、そのために哀しむことを避けるのは「逃げ」だと思うからだ。

 喜びの涙のために、哀しみの涙を受け入れる。

 自分を賭けられるものを探り当てたら、それに自らを没入させる。そうしてはじめて価値あるものを生み出すことができるのだと思う。

 僕は幸いにも自分を賭けるべき道を見つけた。違う道を歩む人と交われないのは哀しいけれど、分かってもらえたら幸いだとだけ思う。暗がりの道、手探りだから転ぶこともあるけれど、僕はいつまでも全力で突っ走っていく。甘えて逃げだすような真似だけは、もう二度としない。


 自分を賭けて生きている人は、誰しも何かを捨てているのだと思う。その哀しみに耐えられなくなったなら、そんな時は僕を誘ってください。朝までウィスキーでも飲みましょう。それは決して無駄な時間じゃないからさ。


 【フォト1】 親父の命日は満月だった。

1 Comment:

kaiowada さんのコメント...

いい文章だ~!