2008年7月4日

耳を澄ませ、目を凝らせ

 2年くらい前に「想いのメディア」という企画を立ち上げた。僕と庄司でアイデアを練って、声をかけて集まったのが甲斐孝太郎、杉山啓太、逸見康成の3人。大隈庭園に寝っ転がって話し合いを重ねたのが懐かしい。「こぶしを握りしめた男」ですこし触れた通り、人が何を握りしめているかに敏感になりたい、というのが当時の想いだった。

 この企画は結局うまくいかず立ち消えになってしまう。でも実はいまMEGA PEACE7月企画の統括をしている星野ちゃんが1週間授業を切って走り回ってくれたおかげで、昨年12月のMEGA PEACEの当日パンフレットへと形を変えて結実した。今日のタイトルは、その「想いのメディア」を立ち上げた頃、とても大切にしていたフレーズ。


 そうは見えないと思うのだけれど、僕はこのところ他者との距離感がうまくつかめずにいた。自分が声を出しても、どこにも響かないように感じていた。周りとの間に薄い膜があって、それがすべてを遮っているような・・・。

 「耳を澄ませ、目を凝らせ」と言いはじめてから時間が経ち、そのことを伝えようとするあまり、僕自身が耳を澄ませたり目を凝らしたりすることを長い間忘れていたように思う。僕は語りすぎていた。想いのメディアを、メガピースを、道塾を、教育を、それらに賭ける想いを伝えようと喋りすぎた僕の喉は、からっからに渇いていた。

 僕の声を遮っている膜の存在に、最近ようやく気がついた。ずいぶんと時間がかかったが、それくらい僕が周りを見えていなかったということなのだろう。

 今まであった膜を取り払って、周りに意識を向ける。他者と真正面から向かってみる。すると、今まで気がつかなかったものが見えてくる。聞こえてくる。

 耳を澄ませば聞こえてくる相手の響き。目を凝らせば見えてくる相手のしぐさ。声にならない声、流れない涙。僕はこうしたものを聞き流し、見逃していたのかと思い、はっとする。

 あやうく干からびて倒れるところだった。でも、今回もどうにか乗り越えられそうだ。一時沈みかけていた調子が、また本調子に戻りつつあることに気がつく。

 みんな、僕にまたいろんな声を聞かせてください。いろんな表情を見せて下さい。それが僕の生きるための水であり、楽しみなんだ。


【フォト】 井上雄彦の「最後のマンガ展」に行こうとしたのだけれど、平日の昼間にも関わらず1時間以上待つということで悔しいが諦めた。その時に上野公園で見かけた猫、は実に神々しかった・・・。

1 Comment:

神戸大の濱西 さんのコメント...

神戸大の濱西です!セックス!

人間誰しも他者とのかかわりの中で生きている。間違いない真理ですね!!