2008年9月1日

表情の豊かさ


 先日、早稲田大学の専属カメラマンとなりつつある草苅くんに協力してもらって、「道塾」のスタッフ紹介ページに掲載する写真を撮影した。撮影会は「東京家学」のウェブサイト用に続いて二回目。

 東京家学では「親しみやすさ」や「誠実さ」がコンセプトだったのに対して、道塾では「本気さ」や「真剣さ」を打ち出すことが目的。本気の写真といったら「NUMBERの表紙だろ」(スポーツ雑誌のね)ということになって、「NUMBERっぽい?」という基準によって選ばれたのがこの4枚

 ププッ、っと吹きだしてるそこの君!俺らだって恥ずかしいんだよ!と声を大にして言いたいけれど、正直言って現場のノリで盛り上がりすぎたとすこし反省してます。さすがにNUMBERはきつかったかな…、と。笑 特に撮影のディレクターであるジョンがエロい感じになってるのがね…!

 まぁでも、現在のサイトに合う合わないはともかく、みんなの表情自体はいいなと思ってる。今年度中に道塾のウェブサイトを東京家学並に全面リニューアルするので、それまではこれで行きます。もうちょい緩い感じのカラー集合写真を近々撮影&アップして、とりあえずの更新作業は終わり。こちらは晴れてる日に大隈講堂前で撮るつもり。

 それにしても。

 今回は一人につき数十枚ずつ、前回の東京家学の時は数百枚くらいずつ撮ったのだけれど、その一枚一枚の表情の違うこと。ある一瞬を切り抜いた写真を、時間軸に沿って無数に並べてみると、ひとりの人間の持つ顔の多様性に気がつける。「そんな顔するんだ!」という驚きがある。

 現実には、僕らは目の前にいる人の表情すらも自分のイメージで勝手にねじ曲げてしまう。より簡単に、分かりやすく、単純化させてしまう。そうすることで判断する数を減らし、効率的に生きられるという動物的進化の結果なのだろう。でも、それは精神的な怠惰なんじゃないだろうかと僕は思う。

 人間が本性上備えている「色眼鏡」をはずすことができれば、世界の表情はそれまでと違う豊かさを示す。稀なことではあるけれど、それは生きていて数少ない心ふるえる瞬間だ。芸術は、それを求め続ける過程で生まれるものだと僕は思う。その感覚を忘れないために、どんな荒波の中でも自分の感性を磨き続け、世界の発するひとつひとつのシグナルをしっかりと受け取め続けていきたい。

 このblogの写真は EXILIMケータイでさくっと撮影してる。腕次第でこれほど素敵な表情を撮れのるかと思うと、すこし勉強しようかなという気になる。そんな素晴らしい写真の魅力を僕に教えてくれる草苅くんのblog、「東京、ジャマイカ、パイナップル(略して東京パイン)」もぜひどうぞ。


 【フォト】 撮影中の1コマ。いろんな機材搬入して、こんな本格的な撮影ははじめて・・・。草苅くんの機材が日に日にパワーアップして、もはや後戻りできないエリアに踏み込んでいるような気がした。もちろん僕は、そういう踏み込み方を応援したいのだけれども。