2011年12月3日

18歳からの10年間を振り返れば

今日もらったもの
生まれて28年たった昨日、少なからぬ人からお祝いの言葉をもらいました。そのひとつひとつには返信していないので、たいへん失礼ながら、ここでまとめてお礼を言わせてもらいます。ほんとうに、どうもありがとう。

ここ1年ほどブログを書いていなかったにもかかわらず「1年間、毎日見てましたよ」という起業初年度の教え子からの電話を受けたこともあって、久しぶりにブログに向かっています。そいつに限らず、教え子からは過去から今に至るまで、常々たくさんのことを教えてもらってきました。そう、お前と、お前と、お前のことです。どうもありがとう。

振り返れば10年前の僕は、18歳という記念すべき誕生日を孤独のうちに迎えていました。友達らしい友達もおらず、高校も中退して、この先どう生きればいいのかさっぱり分からなかった。ゲームセンターとインターネット以外の場所を知らなかった。誕生日なんて、小説や映画の中で見る青春とくらべて、あまりにもみじめな自分を直視しなければならない苦しいだけの一日だった。

それは大学に入っても変わらなかった。20歳になった日の夜のことはよく覚えているけれど、大学に入ったはいいものの、深い付き合いの友人はおらず、一緒に過ごしてくれる女の子がいるわけもなく、東京の六畳一間足らずの古いマンションでひとりウイスキーを飲んでいた。「きっとこの日のことは忘れないだろう」と思った通り、あの日の寂しさは焼きついています。それからもけっこう長いあいだ、誕生日を祝う意味は理解できなかった。

それでも、いま振り返れば僕は決して孤独ではなかった。あまり覚えていないけれど、18歳の時は母と妹と祖父の三人が祝ってくれた。20歳の日だって、ウイスキーを飲む前にはサークルの先輩や友人が祝いの言葉をくれた気がする。そう言ってくれる人がいるだけで、その日をやり過ごすには十分だった。

こうしたことを振り返ると、僕はほんとうに恵まれた環境にいたのだなと感じます。だからこそ今の僕がある。そのことには、感謝してもしきれない。

「Happy Birthday」と言われてどう答えればいいのかよく分からなかったし、いまも言葉につまるけれど、これだけは何のためらいもなく言えるようになりました。ふだんの僕は人に迷惑をかけるばかりで感謝を忘れる人間なので、一年に一度、この日くらいはそのことを思い出してもいいと思うので、あえて言い切ります。

この年まで無事に生きてこられた自分の運命と、それを可能にさせてくれたすべての人に、感謝したい。そして、来年も、再来年も、その先もずっと命の続く限り、そう言い続けられるように生きていきたい。

家族。中学・高校で出会った何人かの友達。受験生活を支えてくれた友人。大学のサークルでの先輩方・同期・後輩。大学で唯一まともに受けた授業(もぐりだったけど)を通じて知り合った人々。あるいは学生時代に僕が参加したイベントや、立ち上げた企画を通じて出会った人たち。起業してからは、一緒にやってきた仲間、指導スタッフと塾生と、その保護者の方々。それだけでなく陰に陽に応援してくれた、すべての人。このブログに関して言えば、とりわけネットを通じて出会った方々から多くの励ましをもらいました。自分の日記すらも一月も続いたことのない僕が、ここまでブログを書き続けられたのも、そうした人との出会いがあってこそ。

すこし思い返すだけでも色々あり過ぎて書けないし書かないけれど、たくさんの人の顔が思い浮かびます。それだけのものがいまの僕を成り立たせてくれているのだなと感じます。ありすぎる顔の誰にお礼を言えばいいのか分からないような気持ちです。

こうして僕というひとつの物語を振り返るだけでも、ほんの10年で、人間というのは出会いや学びによってこうも変わるのだなと驚かされます。錯覚であれ妄想であれ、世界でいちばん孤独だと感じていた人間が、世界でいちばん幸福かもしれないと思えるようになるのだと思うと、不思議なものです。でも、どんな人間にも、そうした可能性は開かれているのだと思う。そのことを信じ続けられれば、誰だってそれを手にすることができるのだと思う。それが教育というフィールドで起業してから5年ほどたった僕の確信です。

ここしばらくブログも書いていないし、ご無沙汰の人も多いので、こうした僕の近況報告と今後について、すこし書いてみたいと思います。

読んで分かる通り、相変わらず元気にやっています。そしてこれまでと同じように、僕は教育というフィールドに自分を賭けて生きていきたいと思います。

最近痛感するのは、僕が生きている場所、時間のありがたさです。人類の歴史が創造した、この奇跡のような場所や時間の脆さや儚さを噛み締めて生きていきたい。危ういバランスで成り立っている「いま」の幸福さを、日常に埋没して忘れかねない浅はかな自分に、ほっぺたをつねるように思い出させたい。こうして長々と書いているのも、思えば、勝手ながらそのことを確認し、自分に刻みつけておくためなのかもしれません。

さて、今年も受験のシーズンがやってきます。受験なんて、実のところ生き死ににかかわらないことであり、人生の本質とは縁遠いものです。しかし一方で、誰もが痛感しているように、受験はおそろしいほどに人生を左右することがあります。その理由は学歴云々という直接的な受験結果よりもむしろ、そうした「学歴云々」という価値観に侵されるのを拒むことが、親も子どもも教師も難しいという側面によってだと、僕は思います。

受験は、おそらく現代の若者にとって最も大きな壁です。それは単純に「高いハードル」といった意味だけでなく、社会の歪みや矛盾の象徴としての壁です。それは教育システムであると同時に、僕ら一人ひとりの心の中にあるものです。だからこそそれは見えにくいし、無視することも乗り越えることも困難で、多くの若者がその壁の手前で苦しんだり、どこかおかしくなっていくのだと思います。しかもこの壁は一世紀以上にわたって高く強固に築かれてきた壁であり、どんな権力者であれ、それを破壊するのは容易なことではありません。

それでも僕は、若者が自分の手でその壁を乗り越え、できることならぶち壊せるような社会や時代を創造するために全力を尽くしていきたいと思います。なぜなら僕は既定のレールを踏み外したことで、その壁を横から眺めて「おかしいな」と気づいた上で、偶然にもそれをうまく突破してここまで生きてこられたと感じるからです。同時に、これほどまでに進歩した時代・社会において、そこに生まれた人が自分の可能性を信じて生きることができないのなら、この先どんな時代・社会を目指せばいいのか、すくなくとも僕には想像がつかないからです。

よく日本の将来を憂いている人がいるし、僕にもその気持ちは理解できます。しかし一方で、食うにも困らず、金やモノばかりを追い求めるような精神に侵されることなく育った現代の若者ほど、真に自分自身の生を全うする可能性に満ちた人々は、人類の全歴史を振り返っても少ないのではないかと思います。そもそも国なんていう制度だって社会の発展過程の一機構に過ぎないわけです。この国の21世紀を生きる人々は、過去を見つめながらも過去に縛られることなく、それを超える新たな「理想」や「物語」を創造できる時代に生きているという意味で、この上ない可能性に恵まれていると僕が思うのは、言い過ぎでしょうか。

僕は、言い過ぎではないと思っています。道伴舎の現役学生であるスタッフを見ていても、あるいは塾生を見ていても、その多くがあと一歩踏み出しさえすれば、その可能性を最大限、発揮できるだけの力を秘めていると思う。その一方で、若者がそのように生きることができなければ、歴史上の多くの文明がそうだったように、活力を失い、錆びついていくのかもしれません。

世界中でこれまで信じられてきた主義主張(ism)が行き詰まり硬直化している今の段階では、この国がどちらに転ぶのかはまったく分かりません。新たな物語を創造できるのか、それとも理想を見失って没落していくのか、どちらも可能性としてはありえるでしょう。でも、それがわからない紙一重のところだからこそ、僕のような社会の片隅のちっぽけな存在にもやるべきことがあるのだと信じることができます。

僕は僕に限らずすべての若者の、一人ひとりの心の中に、これからの時代の可能性が詰まっていると思っています。特に「負」を背負っている若者であればあるほど、僕は、それを乗り越えた時に得る力も多くなるはずだと、自分の経験から信じています。そのような若者の可能性をどれだけ「先に生きている人」がひらくことができるのかで、僕らの未来は全て決まっていくのだと思います。

こんな長くて個人的なブログは、道伴舎(旧道塾)が拡大してからは、業務的にやや差し障りがあるかなと思ってなるべく控えるようにしてました。まぁ、でも、そんな風に遠慮していても創造的になれるはずもない。昔みたいに良いことも悪いことも、自分なりにオープンに書いていくのがスタイルだったなと思い返して、書いています。

さて、いろいろ脱線しましたが、話のはじまりは僕の誕生日でした。

早いもので起業してからもうすぐ丸5年。6年目となる28歳は、どうやら僕の人生の第三幕に突入しそうです。人生には、いろんなことがあります。泣きたいほど謝りたいこともあれば、打ち震えるほどワクワクすることもあります。この物語は、この先もどんなことが起こるのかは分かりません。でも、それでこそ物語の面白さは増すのだと、僕は信じたい。

物語といえば、今はやはり(ちょっと遅きに失した感はあるけれど)スティーブ・ジョブズでしょう。あれほどドラマチックで、どんなことが起こるか分からない人生は多くはないと思います。そのドラマの主人公らしく(まだ伝記は読んでいないけれど)スティーブ・ジョブズは間違いなく「問題を抱えたひどいヤツ」でした。そして人は、多かれ少なかれ、自分が思っているよりも「問題を抱えたひどいヤツ」であるものです。それでも僕はジョブズが好きだし、人が好きです。

だからこそ僕は「問題を抱えたひどいヤツ」に過ぎない自分の可能性を信じて、その生き様で人に何かを伝えられればと思って、これからもやっていきたいと思います。性懲りもなく、恥ずかしげもなく、その過程を、このブログで伝えていければいいなと思っています。失敗も、成功も、すべては"connecting the dots"。

その意味で、あらゆる出来事は、次に起こる出来事の「前フリ」です。大切なのは、次に起こる出来事の可能性を信じて一歩踏み出し続けること。いつだって「世界を変えられると本気で信じた」ジョブズが、その生き様で僕を魅了し、前に進む勇気を与えてくれたように。気宇壮大な物語を信じた若者が生まれた数だけ、次なる時代の生はより高くなっていくのだと僕は信じています。

あらためて18歳からの10年間を振り返れば、よくぞここまで歩いてこられたな、と感慨深いものがあります。たくさんの人のおかげで、28歳まで一歩ずつ何とかやってくることができました。それはこのブログも同じです。あらゆる文章がそうであるように、このブログを読んでくれる人がいなければ成り立ちません。いつも貴重な時間を割いて読みにきてくれて、どうもありがとう。相変わらずの未熟者だけれど、だからこそ、前に進み続け、すこしでも面白い物語を描こうと思います。これからも、よろしくお願いします。




(この話と関連する(いま思いついた)過去のエントリー)
『ウェブで学ぶ』から学んだ「無限の可能性」
最終回 Be hope, make hopes.
希望なき国に生まれて(1) / (2)
まだ見ぬ早大生へ
人生最後の1日

2010年12月11日

本日、朝日新聞に道塾が登場

道塾に関する記事が本日の朝日新聞朝刊社会面(38)に掲載されています。

今回の内容は中学部に関して。主役は道塾中学部の指導スタッフ甲斐大輔と、甲斐が指導する塾生「ユウタ」。

「エチカの鏡」をきっかけに中学部がスタートしてから1年半。中学部統括の熊谷を中心に、中学部スタッフ全員で地道にやってきたことがこうして日の目を見ることになり感無量だ。道塾の指導のねらいと、そこに込める想いとをストレートに伝えてくれる記事だと感じた。

記事にもあるように道塾は塾生にとって「秘密」の存在になりやすく、意外と広まりにくいという面がある。これをきっかけに道塾が新たな人たちに知られ、一人でも多くの人に僕らの想いと指導が届くといいなと思う。その積み重ねがいつか日本の教育の在り方を変えると信じて、これまでと変わらず地道な指導を続けていきたい。

今回の掲載に間に合うようにとウェブサイトの会社案内ページをリニューアルした。両方あわせて、ぜひご覧ください。

(写真は左が甲斐、右が中学部統括の熊谷)
2010年10月22日

「世界」を変える教育

先週、「忙しくて勉強する機会もないでしょう」というご好意である知人に声をかけていただき、大隈講堂で行われた寺島実郎氏の「リレー塾」の第1回を聴講した。大隈講堂に東大教授の藤原帰一氏と元国連事務次長の明石康氏を迎えてのパネルディスカッションと、それに続く寺島氏のショート講演。

「世界は複雑化しているにもかかわらず、メディアで語られる多くは単純化された『二項対立』ばかりで、その背景にある文脈を読み取る力が失われている」。「『近隣諸国に舐められたくない』という甘いレベルのナショナリズムに振り回されるのは日本にとっても世界にとってもマイナスであり、今は国民の『成熟度』が激しく問われている」といった話は刺激的だった。

とりわけ最後の「成熟度」についての話は、僕がその末端を穢す「教育」の意味を新たな視点で捉えるきっかけを与えてくれた。それは国民一人ひとりが「世界を知る」ことを通じて成熟しなければ21世紀に日本という国が国際社会に貢献することは難しい、というよりもむしろ、下手をすれば国として立ち行かなくなる可能性すらあるということ。

まっとうに「世界を知る」ためには、あらゆる意味において学び続けなければならない。新聞やテレビから流れる情報を自分なりに濾過するフィルターを持ち、複雑化した世界を自分の言葉で語れるようになること。そうして獲得した言葉を元によって他者や世界とコミュニケーションを繰り返すこと以外に「世界を知る」道はないのだろう。
「世界を知る」とは、断片的だった知識が、さまざまな相関を見出すことによってスパークして結びつき、全体的な知性へと変化していく過程を指すのではないか。
寺島実郎『世界を知る力』P176
多かれ少なかれ、若者にはこうした「世界を知る」ことへの欲求があるのだと思う。振り返れば受験期の僕を突き動かしたのも「この広い世の中の在り方を知りたい、激動の真っ只中で生きたい」という想いだった。そのルーツは「竜馬がゆく」のような手近なものたちだったが、あの情熱は遥か彼方の世界を視界に捉えていた。

恐ろしいことに「情熱」は扱い方によっては一瞬で失われてしまう。あれだけ遠くを見つめていた目が曇り、濁り、虚ろになってしまうのを見ることほど悲しいことはない。単純化された情報に満ち溢れている世界においては、少し放っておけば思考はすぐ安易な言説に侵されてしまう。でも、それによって問題を解決できるほど世界は単純ではない。

だから大切なのは一人ひとりの「世界を知りたい」という欲求を失わせず、育み続けること。そのために世界の複雑さに目を見開かせ、それと向きあう力を育てること。そうした後押しをすることによって、偶然には生まれることのなかった世界との「出会い」を、必然のものとして創造すること。

最近は、それが幸いにも何とかここまで生き延びることのできた僕の、教育における使命なのではないかと思うようになった。
わたしたちは、「世界を知る」という言葉を耳にすると、とかく「教養を高めて世界を見渡す」といった理解に走りがちである。しかし、そのような態度で身につけた教養など何も役に立ちはしない。世界を知れば知るほど、世界が不条理に満ちていることが見えてくるはずだ。その不条理に対する怒り、問題意識が、戦慄するがごとく胸に込み上げてくるようでなければ、人間としての知とは呼べない。単なる知識はコンピュータにでも詰め込んでおけばいい。
世界の不条理に目を向け、それを解説するのではなく、行動することで問題の解決にいたろうとする。そういう情念をもって世界に向き合うのでなければ、世界を知っても何の意味もないのである。
同書 P197
世界を知り、不条理に立ち向かおうとする若者の目を曇らせないこと。そのために僕は人間の本質的な可能性を見つめながら、同時にコンテンポラリーな問題も見据えて「世界を知る」ために学び、行動し続けなければならない。それは即ち、これだけ世界が狭くなった現代において教育もドメスティックではいられない時代になったということなのだろう。

僕は完璧にドメスティックな人間だが、幸いにもウェブと教育は最高に相性のいい組み合わせだ。きっと、何かしらやれることはあるだろう。そうした可能性に目を凝らし、僕のできることを追求し続けたい。そんなことを思わせてくれた夜だった。
2010年9月22日

『ウェブで学ぶ』から学んだ「無限の可能性」

この本は、残念ながら日本の教育界には大きなインパクトを及ぼさないだろう。理由はシンプルで、著者二人の「見晴らし」が、日本で教育に携わるほとんどの人と次元が違いすぎるからだ。どれほど噛み砕いて語っても伝わらないほどに。

でも、だからこそ敢えてこのブログに書きたい。僕ほどこの本を必要としていた人間は少ないだろうし、僕や道塾に関わったり、その活動に興味を持つ人であれば本書の価値を理解できると思うからだ。

この本は「オープンエデュケーション」という概念を中心に、インターネットとIT技術を通じた「千年に一度」の世界的な教育革命について語られている。(梅田氏の)結論は、日本人にとってのオープンエデュケーションは「日本から世界に出ていくために活用できるとてつもなく素晴らしい道具だ、ピリオド」であり、だから優秀な日本の若者は、(留学して)「英語で学ぶ」ために、(日本では)この道具を使って「英語を学べ」ということになる。

現在の僕の仕事は「日本の教育システムの中で受験を目指す人」に対して、ネットを使って「勉強法とモチベーション」の両面から支援する私塾の経営だ。その立場にいながら大きな声で言うのは憚られるが、この結論は、その機会と能力と意欲があるのなら、ほぼ「100%正しい」と思う。

9年前。僕はおそらく、日本ではじめて海外留学のためにウェブを有効活用することができた世代だった。当時としては最も良質だった「北米留学上級技術マニュアル」というウェブサイトを中心に、集められるすべての留学に関する情報を集めた。その上で「僕がアメリカの一流校に入るのは無理そうだ」と判断した。

今は異なる道もあるのかもしれないが、最悪の成績で高校を中退した17歳の若者は、必死に英語を勉強しながら、少なくとも2年か3年、地道で単調で下らない「全科目でAという成績を取るゲーム」に命を削る覚悟で参加しないと、アメリカの一流校には入れない(編入できない)らしいというのが情報を集めた結論だった。

当時は高校を中退して「人から遅れている」という意識もあって生き急いでいた。そんな僕に「少なくとも2,3年」というのは長過ぎる時間だった。そもそも、僕はそんなに長く一つのことを継続して努力できる人間でもなかった。だから一年以内で次のステップへ進める日本の大学を選択した(この「少なくとも2,3年」の道を選んで生き残った猛者が僕の友人に一人いるが本当にタフだと思う)。

大学に入ってからも「留学」は時々考えたが、様々な事情が重なりあってその機会に巡り合うことはなかった。そうやって今に至るわけだが、振り返れば悪くない、おそらくは最良の結果につながる選択をしたと思う。今こうしている以上の人生が僕にあり得たとは想像しがたい。

それでも、それは選ぶべき道を「類稀なる幸運」によって選ぶことができたからに過ぎない。大学4年の末まで小説家を目指すという無謀な道を歩んでいた僕が、こうして飯を食べ、ブログを書けていることは僥倖以外の何者でもない。

それに僕は未だ「何とか生き延びている」だけで、一寸先は闇という状態だ。だから留学という選択肢が十分に残っているのなら「迷うことなく留学する、というのを最優先事項に置く(p239)」ことへ強く賛同する。「様々な事情が重なりあった」とはいえ、「英語」と「留学費用」という条件をクリアしていれば、おそらくその事情を乗り越えてでも僕は海を渡ったと思うから。

だが、いくら梅田氏が「留学すべきだ」と言っても、結果としては僕と同じように何らかの理由によって日本の大学を受験することになる若者の方が圧倒的に多いだろう。

彼ら彼女らに伝えたいのは、留学を目指すのなら、大学に入ったらすぐにあらゆる手段を使って実現するために行動すること。入学した途端、目の眩むような楽しい雰囲気に心を奪われて学びへの意欲を失う大学生が多いが、何も考えてないと(普通は)すぐ3年の夏になって就職活動の波に飲まれること、そして本気で留学しようと思えば手段はいくらでもあることを忘れてはいけない。そのような形で「英語で学ぶ」ことを志すとき、この本は勇気をくれるだろう。

だが、それでも。

最終的にはやはり僕のように日本に残り続ける若者の方がずっと大いに違いない。そういう結論に達した人に僕が勧めたいのは、①「学び続けながら『チャレンジ』する」という生き方だ。②「潰れない大組織を選んで逃げきる」という方法もあるけれど、そもそも日本という船自体が沈みかねない状況でその選択はあまりにリスキーだ(リスクということに関していえば、どちらの選択もリスクではあるが、リスクを負わないのが一番リスクだ。どちらも選ばないのは最悪だ)。

「見晴らしのいい場所」や「新しい職業」を探し求め、世の中の多くの人がまだ気づいていない知識や経験を学ぶ。その経験を元に「自分がやらない限り世に起こらないことをやる」ために一歩踏み出して「チャレンジ」する。そして「チャレンジ」した「けもの道」で、成功を目指して学び続けながら頑張る。その結果が成功であれ失敗であれ、そこでの成果を元に次の「見晴らしの良い場所」や「新しい職業」を探し求め……

「正しい時に正しい場所にいる」ために、こうした「学びとチャレンジのサイクル」を繰り返すことがこの国で何事かを成し遂げる秘訣だと思う。その際に重要なのは、ただチャレンジするためにチャレンジする無謀さではなく、「学ぶためにチャレンジする」という姿勢だ。それは即ち「学びのための環境」としての「場の選択」が非常に重要であることを意味する。

日本というローカルな世界に生きるということは、それだけでグローバルな世界で生きる人間に遅れをとっていることだ。危機感を抱き、執拗なまでに「場の選択」にこだわり、そして一度選んだら学ぶために全力を尽くさなければ、一瞬で世界中に散らばっている「先を行く人々」に突き放されてしまう。

だからこそ、もし日本で生きていくことを決めたのなら、激しく「チャレンジ」する道が最もリスクが少ないと思う。ぬるま湯のような組織に浸かっていたら、(それが大学であれ、会社であれ、それ以外の組織であれ)5年もすれば社会における価値は極端に下がってしまうだろう。30にもなって取り立ててスキルも経験もないような人間を、世界の誰が欲しがるのだろう?

以上の僕の考えをまとめると、21世紀の「知識資本主義社会」で日本人が生き残るためには「英語で学ぶ」ために早期の留学をすることが間違いなく良いと思う。だが、理由はどうあれ、そうでない道を歩むのであれば、「英語で学ぶ」人に負けない「学びのための環境」を選びぬき、そこに全てを賭けて勝負すべきだということだ。

そして、その勝負に勝つことができさえすれば、「ローカルな世界」における「学び」をテコに、さらなる「学び」を求めてより大きな「チャレンジ」をすることができる。そうした道には「先進国でありながらローカル」だからこそのチャンスが存在するように僕は思う。

たとえば、一人の若者が梅田氏の言う「グローバルウェブ」を志向する際にも、覚悟と努力と戦略性があれば、日本という「ローカルウェブ」の中でできる限りのことをやり、そこで徹底的に学んだ上で「グローバルウェブ」を目指す「別ルート」が存在する。

日本人が一般に「オープンエデュケーション」の恩恵に預かるのは、たとえあってもしばらく先の話だ。そして、その波が来るまでのんびり待っている余裕もない。であるならば、日本という「ローカルウェブ」を通じて教育に携わる僕のような者の道は一つ。

目下の問題と格闘しながらも、自分がより良い学びをできる環境を追求すると同時に、日本という国の強みを活かして、この国を「オープンエデュケーション」を創造する側に回らせることだ。

「21世紀に学びを解き放ち、誰もが道を切り拓ける時代を創造する」という僕らの理念を達成するために、これ以上の道が他に考えられるだろうか?

まさに理念そのもののフロンティアが存在し、そこに分け入ることが不可能ではない場所にいるという意味で、17歳の頃にアメリカに飛べずに、のたうち回りながら日本で23歳の時に教育ベンチャーを立ち上げることになったのは、それがたとえ遠回りであっても僕にとっては最良の道だったのではないかと、それが本書を読んで思ったことだった。

同時に、ここから(「次の10年」や「その次の10年」の長期的スパンの話で)どう切り拓いていけばいいのかのヒントも学ばせてもらった。「ウェブ進化論」からはじまった梅田氏との(一方的な)対話がここまで達した奇跡と、そのきっかけを作ってくれた飯吉氏に深く感謝したい。

読み終えて印象的だったのは梅田氏の立ち位置の変化だった。「日本語が亡びるとき」という本が流行る前後からそうだったが、今回は決定的だった。非常に用心深く語ってはいるけれど、以前は日本をより良くできることに期待を抱いていた氏が「日本で学べることは少なく、未来はかなり苦しいよ」というメッセージを積極的に発しているように感じられた。

それはそれで「10代20代の若者へ向けた真摯なメッセージ」だと思う。でも、僕は違った角度からメッセージを送りたかった。なぜなら、僕がそうだったように、すべての若者が今すぐ留学できるわけではないから。その道を歩んでいる者として、これまでも僕なりの考えを示してきたし、これからも記し続けていきたい。

どうすれば日本が「オープンエデュケーション」を主導するような側に回ることができるのか。あるいは、先進国において「オープンエデュケーション」の効果を高めるために何が必要なのか。そういった国に移行することが、果たして今の教育界において本当に可能なのか。

これは日本の教育問題の根本とも通じるものだと思うが、一言でまとめれば、アメリカの『フロンティア精神』と対置されるべき「日本人の根底にあるメンタリティーの復興」に答えがあると思っている。それができれば、まだまだチャンスはある。こうした「ローカルな可能性」を支えるモチベーションについては、そう遠くないうちにまとめて世に問いたいと考えているので、お楽しみに。

最後に。

本書で飯吉氏が繰り返されている通り「教育とは無限の可能性を信じること」に間違いない。これを絶対に忘れてはいけない。この言葉を、信念と共に語れる人間を、この国に一人ずつ増やしてみせる。

「「未来は予測不可能」という前提に立って、一人ひとりが、少しでも可能性があると思える方に向かって行動し、試行錯誤を繰り返していくしかないのだと思います。そしてそのプロセスにおいていちばん大切なことが、「学ぶ」ことでしょう。ある時点でもう「学ぶ」ことはおしまいと考えてしまうと、自らの可能性空間をぐっと狭めてしまうことになります。」(P261)

本当にその通りだ。だから僕らは学び続け、「少しでも可能性があると思える方に向かって行動」し、一歩ずつ進んでゆこう。


※いきなり本書を読むのは敷居が高いと感じる人は、そこまでのガイドブックとして『ウェブ時代をゆく』『私塾のすすめ』の2冊を読むことをすすめたい。Amazonに注文しても明日まで待てない、という人はウェブブック『生きるための水が湧くような思考』を。

2010年8月13日

学べ、学べ、ひたすら学べ。

ブログを書いていないのは怠慢のせいだ。

が、この数カ月はそれだけじゃなく、目の前により優先すべきことがあったのも事実だ。文章を書く作業は結構な時間と意識のリソースを消費するから、それなりの目的がないと続けるのは難しい。道塾の「塾報」で週1回、数百字の文章を書いているのを除けば、今年はほとんど文章らしい文章を書いていない。ひたすら文章を書いていた去年とは雲泥の差だ。

振り返るとこの数カ月はインプットの時期だったのだと思う。数カ月前の自分の文章を読むだけでも過去の自分の浅はかさに愕然とする。道塾の塾生は素晴らしいスピードで成長していると思うけれど、正直言って僕もそれに負けないスピードで成長していると感じる。あと数カ月すれば27歳になる男がそこまで言える環境に身を置けている幸福に感謝せずにはいられない。

つい数時間前、昨年の明治大学の学園祭実行委員長だったTから久しぶりに電話があった。携帯に「大阪浪人生」と表示され、あいつとは道塾を立ち上げる前からの付き合いだったのを思い出した。皆が羨む大手を二社蹴って、道塾より少し大きいくらいのベンチャーに行くという。既に内定先でバイトをはじめていて「僕は会社の営業記録を破ってみせますよ」と語っていた。

素晴らしく成長したTに言うことはほとんどなかったけれど、ひとつだけ。本を読むことだけは忘れるなよ。社会に出れば、人から学ぶか、本から学ぶか。基本的にはこの二つしかない。どんな会社であれ、営業記録を破るなら毎日15時間くらい働くことになるだろう。そうなると付き合う人は限られてくるから、必然的に隙間時間に学べる読書が基本になる。

こんなことは人に言われなくてもやるべきだ。少なくとも本気でこの世界で何事かを成し遂げようと願うのであれば、それくらいのことは当たり前に身に付けていなければ道は切り拓かれない。たとえばウチの教務統括は、そんなことを一言も言わずに、そんなそぶりも見せずに、ひたすら学び続けている。

だが僕は一応「塾長」だし、性格的に説教を垂れても許されると思ってあえて言おう。学生という時間が残されているのなら最低でも毎日一冊の本を読むこと。そうやって学べ。学べ。ひたすら学べ。

大切なのは自分の価値観を築きあげること。小手先の技術や仕事術なんかは、社会に出ればいくらでも身に付けられる。でも自分がどう生きたいのかという問いを、時間を気にせずに考えられるのは学生の時だけだ。そうやって学んだことこそが生きるための、あるいは生涯かけて学び続けるための、最も根源的なエネルギーになる。

それだけの知性と自由と時間を与えられているのにもかかわらず、それをしないで生きるのは、誤解を恐れずに言えば犯罪的だとさえ僕は思う。「どんな本を読めばいいのですか」とよく聞かれるのだけれど、それは愚問だ。自分が読みたい本を読めばいい。自分の心の声をよく聞いて、ひたすら読み続けていけば読むべき本とは必ず出会える。人の価値観や評価に騙されないこと。僕も学生時代はそうやって遠回りをした(それもいい経験だったが)。

「21世紀に学びを解き放ち、誰もが道を切り拓ける時代を創造する」

今は道塾はお盆休みだけれど、このビジョンを実現する楽しみと比べたら休暇というのは退屈で仕方ない。今年受験の塾生はまさに今、山場を迎えているだろう。もし君が塾生ならば、この一瞬に頑張れるかどうかに君の未来がかかっていることをいつも思い起こそう。いつだって、人生はこの一瞬しかない。そこに全力を込めよう。振り返って後で後悔しないように生きよう。僕も事あるごとに自分に言い聞かせている。

さて、道塾のお盆休みもあと数日。2010年度の後半戦に向けて今しばらく準備してくるよ。