2008年11月14日

家族の風景 ~ごく私的な、ささいな、どうでもいい話~


 我が家には「家族会議」なる習慣がある。母と僕と妹の3人しかいない家族の絆を深めようと、母が提案してはじまったものだ。月1くらいで行われる会議の日程を決めようとするたび、僕と妹は面倒臭そうにスケジュール帳を開く。いつからはじまったかは忘れたが、かれこれ半年以上は間違いなく続いている。

 3人が東京で集まることも多いのだが、今回は実家で開かれることになっていた。池袋から乗車率200%くらいの高崎線に揺られること1時間。降り立った熊谷駅のホームにあるこの階段は、僕の青春が詰まっている場所で、通るたびに色々なことを思い出す。語りたいことは山ほどあるが、余談なので割愛。

 実家のドアを開けるといい香りが溢れてきた。テーブルには妹が作った料理が並べられている。季節はずれの麻婆茄子が目につくが、取り立ててどうこう言うほどのものでもない。でも、なぜだかとても美味しく感じられる。東京で外食ばかりの僕には、たしかにここでしか味わえない料理がある。

 夕飯を済ませたら家族会議がはじまる。近況報告と今後の予定とを語り合うのだが、母と僕にビールが入っていることもあり、残念ながら、会議の進行は惨憺たるものになることが多い。たいがい僕と母の言い合いになる。妹はその間ずっと黙って聞いていて、飽きると自分の部屋に戻る。こいつが我が家で一番利口だ。僕は、「帰ってくるんじゃなかった」と自分の愚かさを呪いながら母の小言を聞く。

 我が家の家族会議はいつもこんな感じで過ぎていく・・・。

 母は小言を言うのに疲れると、「まぁ、3人しかいない家族だからね」というよくわからない結論に達し、ひとり満足げな顔で眠りにつく。部屋が静かになり、僕がパソコンに向かっていると、それを見計らったように妹が部屋から出てくる。ここから二人で酒を飲みはじめることもあるが、たいてい妹は「おやすみ」とだけ言って自分の部屋へ戻っていく。

 そうしてこの家は静寂に包まれる。わずかに聞こえるのは、母の寝息と、僕の叩くキーボードの音。この寝静まった家の中で夜通し僕がパソコンに向かい続ける風景は、10年前からあったこの家庭の日常風景だ。

 日常風景と言えば、変わらない景色はたくさんある。僕と母が言い合うのも10年来変わっていないし、妹がそれを黙って聞いているのも10年来変わっていない。そして気がつく。変わったのは、日常風景を見る機会だ。いつも見ていたはずのそれは、いつしか僕の視界から消えていた。

 正直なところ、母も妹も東京に来ることが多いから、僕がわざわざ実家に帰る必要はあまりない。そのせいか、近いはずの実家への距離はけっこう離れてしまっていた。それを危惧して母は「家族会議」なるものを言い出したのだろう。この限りなく生産性のない「会議」を何度か繰り返した後、ようやく分かってきた。

 家族会議なる名目のもとに、普段はばらばらに活動している家族が同じテーブルを囲んで飯を食べる。その瞬間にしか思い出せないものがたくさんある。ついつい忘れがちだが、僕らはこの家族の中に生まれ、おむつを替えてもらい、家族と共に育ち、喧嘩もし、そして家族の作る料理によって育てられてきたのだ。

 数時間後には時間と格闘するクソ忙しい朝がやってくる。そんな日々の中で、世界のどこかに束の間でも憩える場所があるのは有り難いものだ。学生時代は若すぎて気がつかなかったが、そんなことをよく思うようになった。最近じゃ「家族」の日常風景を見るために、できるだけ帰るように心がけてもいる。

 「家族会議」なんて名前をつけても、実際にはさしたる議題があるわけじゃない。でもその「会議」の場で理解されるのは、いかに家族が大切かということだ。一般的な「会議」の本質である生産性の問題とは違う。家族で食卓を囲むという日常に立ち返り、そのことをちょっと考えてみる時間。それは、会議すること自体に意味がある、数少ない会議だと思う。

 そんな家族会議もまた、我が家の日常風景になりつつある・・・。


 【You Tube】 このエントリーのテーマBGM、ハナレグミ『家族の風景』。キッチンにはハイライトとウイスキーグラス~♪ 残念ながら、先月に解散してしまったようだけれど・・・。

1 Comment:

かいほう さんのコメント...

ハナレグミはソロだからカウントダウンとかでますよーー。