2008年12月8日

「人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり。」

 一度は聞いたことあるであろう、織田信長が舞ったとされる『敦盛』の一節。今日、この言葉が僕の中で意味を持ちはじめた。長寿化した現代に「人間五十年」なんて考えは古くさいだろうし、「コレカラ」なんて雑誌(「50から」)が売れているこの時代に、僕のこの感覚は間違っているのだろうとも思う。

 でも、今の僕には五十までで人生の大半は終わってしまうように思える。その先にやりたいと思うことは、その時点でほとんど決められてしまっているのではないか。50歳くらいまで駆け抜けて、後はその余力で過ごしている大人が多いからだろうか。だが実際、人間の生命体としての活動にしても、だいたい五十歳前後で終わりを迎えるわけだ。

 「それは間違ってる」というコレカラ世代の罵倒が聞こえてきそうだ。「お前はまだ何も分かってない」って。たぶん、確かにそうなのだろうと思う。僕も50になった時に「俺も若かったな」なんて振り返るのかもしれない。でも、今に僕にはそこまでは考えられない。僕がいま組み込んでいる今後のプランは50歳まででしかないのだ。

 そう考えると、僕の人生も半分を過ぎてしまったように感じられる。25年間を振り返るとたしかに夢幻みたいに一瞬だった。でも僕が生きた年月は、夢幻のごとくあるにせよ、しんどい現実にはあり得ないくらい輝かしい夢幻だった。いま25年間を振り返ってそう思える。

 「一度生を受け、滅せぬ物のあるべきか。」

 だからこそ、その瞬間までは夢幻のような日々を送り続けていたいのだ。願わくば、50を過ぎた時でも同じ事が言えますように。


 思へば、此世は常の住処にあらず。
 草葉に置く白露、水に宿る月より猶あやし。
 金谷に花 を詠じ、栄花は先立て、無常の風に誘はるゝ。
 南楼の月をもてあそぶ輩も、月に先立つて、有為の雲に隠れり。
 人間五十年、化天の内を比ぶれば、夢幻のごとくなり。
 一度生を受け、滅せぬ物のあるべきか。

                  『敦盛』より



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